志まんノート

喩えるならば、山あいの小さな庵(いおり)のような。そんな、さり気のない日記ページです。
移ろう季節に流されることなく、ただただ灯り続ける、小さな志。
志まん(じまん)ノートは、都会の日記とすこし距離を置いています。

愛してカヌレ2010年07月23日

 林檎女史が事務所に訪れた際、手土産をくだすった。地元のお菓子屋さんで購入したというカヌレだ。一般的にイメージされるものと比べ、大きさは小ぶりで、色はより浅く飴色である。
 そもそもカヌレなるお菓子、1990年代のいわゆる小洒落たスイーツムーブメントの系譜にあるものではないのか。ティラミス、ナタデココ、パンナコッタといったあの辺の。「次はこのスイーツが来る!」みたいな取り上げられ方で現れたものだと記憶している。そのため、食べた経験は一度程度、味はうっすらと覚えているが、あくまで「流行り物」という範疇でしかとらえていなかった。
 それが、今回のカヌレはどうだ。いざ食べてみて衝撃を受けた。モチモチとした食感、くどくない上品な甘さ、そして絶妙のサイズ感。「カヌレってこんな美味しかったんだ」、思わず驚愕した。すぐに悪質な食欲が頭をもたげ、スリの如く伸ばした手が二つ目、三つ目とカヌレをせしめた。1個程度でやめておくつもりだったのだが、美味しかったのだからしょうがない。すんませんでした。
 愛してカヌレ。カヌレを見る目が大きく変わった夏の午後でした。お店の名刺をいただけますか。

終わりましたね、事変ツアー2010年06月2日

 東京事変のツアー期間中、一度も志まんノートを更新出来なかったのは汗顔の至りであり、怠慢の誹りを受けてもしょうがない。いくつもの顔を持ち過ぎていたから・・・、それは言い訳でしかないか。
 このたびのツアーの最終日、倉敷公演の際に、伊澤一葉氏のご尊父にお目にかかった。「志まんノート、最近更新してないじゃないの。やってよ」と直々にお願いされ、恐縮しまくったものだ。そうだ、志まんノートの動きを目ざとくチェックしている方もおられるのだ。やらなければならない。このツアーでは、別働隊的に動き、全国各地でいろいろなものを見聞きした。そういったものを小出しにしていこうかと考えている。

志まんノートをなぜ軽視してしまうのか2010年03月26日

 「頑張ります」などと息巻いた途端、更新が途絶えた。我ながら、何をやっているのかと。
 ここ数週間、東京事変のツアーに連動した企画の仕込み作業に勤しんでいた。そのため、やるべき仕事の多岐にわたる状態の中に、溺れかけていた気がする。視野が極端に狭くなっていた。少し俯瞰で物事を見させえすれば、「ああ志まんノート書かなきゃ」と気付くに違いなかったのに。
 そういうわけで、書けなかった自分を書くという、禁じ手のエピソードでした。