オフィシャルインタビュー | ライナーノーツ
——本当に、解散するの、貴方達は?
思わずそう問いたくなる明るさで始まるこのテキストは、まぎれもなく解散を発表した東京事変の新作アルバム『color bars』(カラーバー)』のオフィシャルインタビューである。
椎名林檎が解散を決意したのは一昨年(2010年)の11月、全員で解散を確認したのは昨年(2011年)の1月のことだったという。解散についての発言は同web上にて別途声明が発表され、後日刊行が予定されている、彼らの最初で最後のオフィシャルブック『チャンネルガイド』ではロングインタビューが掲載されるという前提で、ここではこれまでの活動通り、[新作に沿った質疑応答を中心に]という主旨のインタビューを行っている。
読み進めば理解してもらえると思うが、彼ら5人の会話は、その発言量も、空気も、これまでのオフィシャルインタビューと何ら変わらず、各々のキャラクターが発揮されたユーモアも健在である。ましてや『color bars』という作品が、“卒業制作“というよりも、むしろ“次の一枚”や“続き”を期待してしまう性格が強いという事実も含め、殊更にグルーミーなムードが感じられない。だが翻って考えれば、この明朗快活さこそが、今回の決断が最早揺らぐことの無い決定事項であることを物語っている、とも受け取れる。
いずれにせよ、最後まで飽く無き音楽探究を止めることのなかった5人から届いた最後のオリジナル作品は、メンバー全員が作詞作曲を手掛けた5つの楽曲を収録したミニアルバムとなった。あらゆる意味で興味深いこの『color bars』、下記のインタビューがリスナーの副読本的な機能を果せば幸いである。
(内田正樹)
[最後まで過剰な5人]
——『color bars』はそれぞれ作詞作曲した楽曲が1曲ずつ収録されています。まずはこのコンセプトにたどり着いた経緯をお聞かせ下さい。
全員 ……………………。
——あの、まさか誰も明確な経緯を憶えていないとか?(笑)
全員 (爆笑)。
亀田 まず僕らは昨年『大発見』のリリース後、『Discovery』ツアーにも出ながら、「ハンサム過ぎて」(『※CS Channel』収録)に、栗山千明さんへの提供曲や椎名さんソロ名義の『カーネーション』のレコーディングやらと、結局は1ヵ月に2、3回は必ずスタジオに入っていて。ずっと何かを作っている状況が続いていたんです。
椎名 たしか最初は2曲入りのシングルをリリースしようかと話して、各々に楽曲を持ち寄って。ただ刄田の「ほんとのところ」のデモは『スポーツ』のレコーディングの頃からすでにあったんですね。それで、せっかくだからこの曲は事変の楽曲として皆さんにお披露目したいよねっていう話が、それはそれで以前からありまして。
伊澤 そう。その会話のなかで椎名さんが「刄田さんの曲があるから、これで全員表向きにも作家になれるね」って言って。
浮雲 そう。「じゃあやっちゃう?」って盛り上がって。
——つまり“解散だから卒業制作”というアプローチだったわけでもなかった?
椎名 事変って、名前からしてそうですけど、いつも度が過ぎちゃうんですよ。何だかすべてが過剰になっちゃう(笑)。今回もこうして雑談から突発的に盛り上がって、過程もよく分からないままに気が付いたらエクストリームまでたどり着いてしまっていたという。でもそうしたら浮雲は虎視眈々と『だったら俺(提出曲とは)、違うやつにしたい』とか言い出して。ちゃんといい仕事したデモを持って来てくれて。
亀田 デモを聴いた時は、みんなでどっと沸いたよねえ。
椎名 そうそう。亀田さんの曲は曲調としても笑っていなかったけど、浮雲と伊澤のデモはどれも笑いましたねえ。「すげえっ!」って(笑)。それでたしか私が「じゃあ今回は各々が『各これ入れたい』と意見したならもう、それを大決定としましょう」と言って。
——で、結果としてこのバラエティに富んだ……というか見事にバラバラな5曲になって。
椎名 そう。すごいですよね、アルバムとしてのこの惨劇感たるや(笑)。
[今夜はから騒ぎ]
——では収録順にお話を伺います。まずは椎名さんの「今夜はから騒ぎ」。
椎名 このアルバムでは私の曲が最後に仕上がったのですが、書くまでにすごく悩みました。そもそも4人の曲がこういった様相なんですもん。それでいてあまりに絶対的で、揺るぎない4曲で。いずれも1曲単位では素晴らしいものばかりですが、アルバムとしてあまりにとっ散らかった惨劇に呆然として(笑)。
男性 (爆笑)。
椎名 でも私が「本当に入れたい曲を推して下さいね」と言った手前もあって、この4曲を殺しもせず、むしろ生き生きと活かすためにはどんな曲を書けばいいのかと悩みました。「いっそ私もとっ散らかった方がいいのかな?」とか。あまりに必死だったので、細部までこだわることが出来る状況でもなかったですね。
——歌詞についてお聞かせ下さい。
椎名 書き始める前は“東京”という街に何らかの意味を持たせた歌詞にしようとイメージしていたかな。東京って寄る辺ない街じゃないですか。この変化し続ける様は、地方から上京した人もそうだし、昔から住んでいる江戸っ子でさえ、ともすれば心もとなく思える街だなあと。そこで漂って、酩酊して、覚醒していく曲にしようと。
——東京というモチーフやカラオケで歌いたくなる歌謡性に、「歌舞伎町の女王」を思い出すファンも少なくないと思います。
椎名 それ、児玉(裕一)監督にも言われました。きっと私のなかにプリセットで設定してある和声の進行に沿った曲なのだと思います。「丸の内サディステック」や「能動的三分間」も同じような具合ですよね。
——その児玉監督と共に、この曲はミュージックビデオも撮影されています。
椎名 はい。児玉監督の作品には、いつも血とか涙といった体液があまり入っていなかった印象があったので、「最後はガッツリと入れて戴きたいな」と差し出がましくも意見致しまして。あとはやはりラストならば男性メンバーが最も似合うスタイリングだと嬉しいとリクエストしました。ツアーで大阪から香川への移動車中、監督と飯嶋さん(※飯嶋久美子。スタイリスト)と三人で彼らのスタイリングとロケ地を決めました。
——全員のキャラ設定と衣装が秀逸です。刄田さんの棍棒を駆使した舞も凄みがあって。
椎名 ねえ。監督からは刄田のスネアが銃声に聞こえるというお話があって。
刄田 うん。ちょっと低いチューニングなのです。
椎名 それで「映像でも銃を出そう」となったそうで、私がライフルを持たされました。
——漂うなかにも“さよなら”という感情と、それに対する椎名さんの美学が綴られている曲だという印象を受けました。
椎名 解散するからというわけではなく、むしろ常日頃から私が書き続けている要素ですね。ただ今回は言葉尻も極めて日常的なモードだし、口癖であり手癖に近い。私は「“さよなら”について書こう、ではこういう類の“さよなら”の曲を」という発想では書きませんし、強いて言えば最初に書いたメロディを歌った時の声色と体温に導かれたのだと思います。
[怪ホラーダスト]
——では2曲目は伊澤さんの「怪ホラーダスト」。伊澤さんがボーカルも担当しています。
伊澤 さっきの話通り、俺は「5人の曲で」というコンセプトが決まる前にいつも通りいっぱい曲を持ち込んでいて。で、一番早く提出したらこの曲に決まって録音することになったという。まあ椎名さんが一番ウケる曲だとは思って出したんだけど……。
椎名 まあ伊澤の曲はどれもウケますけど(笑)。
伊澤 だからねえ、俺、事変ではいっつもちゃんと締切りを守って、いっつも真面目で損をしてきたんですよ。これ絶対書いて下さいね?(笑)
——伊澤一葉の邦楽ルーツの一端と言える、’80年代ビートを想起させますね。BOØWYでありBUCK-TICKであり。
伊澤 歌い方のせいですよ。椎名さんにそういうディレクションをされたから(笑)。
椎名 伊澤はこれまでも取材や撮影の待ち時間とかにああした独特のパフォーマンスのフォルムだけを真似ていたんですよ。だからついに今回、絵と音がひとつに繋がったと言うか。
亀田 やってたやってた、小出しに(笑)。
刄田 だからすごくわっちのなかから出てきた曲だなって思った。
伊澤 だって椎名さん、ガイドライン目的だったはずの俺の仮歌入れで「もっと!わっちまだ行ける、もっと!」って(笑)。歌詞も椎名さんと二人で推敲して。
椎名 (笑)。
伊澤 椎名さんが喜ぶから、俺もどんどん調子に乗って歌っちゃって。結局「この曲、私のボーカルいらないよね」って言われて「えーっ!?」って。
椎名 だって私が仮歌で歌ってたときは、どうもぼやっとして曲の方向が定まらなかった。でも伊澤が歌った瞬間、曲が着地すべき地点に降り立ったと満足出来たので……。
——椎名さん、さっきからずっと笑っていますけど……。
椎名 だってすごく楽しい歌入れだったから! 私がその方面の群馬ロックに持っていた興味や関心を、意のままにすべて体現してくれる人が目の前にいたわけですからね(笑)。
伊澤 たぶん事変のレコーディング史上、最もくだけた空気の歌入れだったな。
椎名 それでいてアレンジや歌詞の細部は真剣に話し合いましたよ。雨迩さん(※井上雨迩。レコーディングエンジニア)も変なテンションでしたもん。「英語全部ダブってみる?」と仰ったり、ミックス時までこちらもこだわり抜いて「そこの子音だけはもっと強く!」とお願いしたりして(笑)。
伊澤 まぁ、そんな感じです……すみません、ホントに。
浮雲 何で謝ってんの?(笑)
伊澤 メインボーカルを俺が歌っちゃったからねえ。曲を作った当初は解散や卒業のことなんて全く意識してなかったし。それにあの歌い方(笑)。リスナーの皆さんには、ただただ、「どうか楽しんで聴いてやって下さい」としか言えません。
[タイムカプセル]
——3曲目は亀田さんの「タイムカプセル」。こちらは亀田さん初の作詞ですね。
亀田 はい。曲を持ち込んだ後、“5人の詞曲”というコンセプトが決まって、椎名さんから「これは師匠がお書きになって下さいますか」と言われて。歌詞はすぐに出来ましたね。わっちのボーカル曲の流れがあったので、椎名さんから「歌って!」と言われないためにも、椎名さんの歌入れのスケジュールに絶対間に合わそうと頑張りました(笑)。
椎名 そうだ、すごく早かったですね(笑)。でもすごくプライベートな引き出しから書いて下さったように感じられて。嬉しかったです。
亀田 この曲はデモ段階では「P.C.」というタイトルで、「Parents - Children」という意味でした。「閃光少女」や「21世紀宇宙の子」は僕の息子の世代がテーマとなっていたんですが、これは父について書いた曲です——昨年僕は父親を亡くしたのですが、その時に彼を亡くした悲しみと共に、「自分が引き継いだ命を、子どもたちはどう繋いで行くのか」と考えて。父だけではなくその祖先から自分までの系譜を思った時、「今の自分は人生のどんな場所にいるのか」と考えて、それを確認するために書いた曲でした。
伊澤 たしか俺の曲と同じ日に楽器を録音しましたよね?
亀田 そう。このアルバム聴いてインタビュー読んだ人はビックリするかも。「同じ日にこの2曲を?」と(笑)。スタジオは僕と浮ちゃんとわっちの三人だけでしたね。
椎名 そうだ、私は他所で違う楽曲の作業をしていたので。
刄田 俺は腰の調子が悪くて、「怪ホラーダスト」を録った後に早退しちゃって。
——その三人のスタジオって、かなりレアな現場なのでは?
亀田 初めてでした。『ホワイトアルバム』の頃のビートルズみたいで。でも不仲じゃないですからね!(笑)
椎名 そうそう、不仲ではなくて(笑)。
——面白がって強調しなくていいですから(笑)。
亀田 初めはギターもドラムもベースも入った曲だったけど、ちょうど三人だったこともあって、もっとシンプルでいいなと思えてきて。結局は僕のベースも無くして、ピアノとギターだけにさせてもらいました。
——この曲はアルバム中で最も“終焉”に寄り添った曲とも取れます。
亀田 そうですね。そこは期せずしてシンクロしましたけど、先祖や家族が縦軸とすれば、事変が横軸だったと言えます。僕が好きな音楽って、そういう縦横の軸を擁することで普遍性を得るものが多いので。みんなの力を得て出来上がったこの曲も、そういう曲になっていたら嬉しいですね。あとはこの曲を書いてから、物事の終わりへのスタンバイが出来たというか。それは事変の終わりであり、自分の人生を生き抜くことに於いても。毎日手を抜かず、気を抜かずに精一杯生きたい。そんな想いが以前にも増して強くなりました。
[sa_i_ta]
——では4曲目は浮雲さんの「sa_i_ta」です。
浮雲 俺はこれまでの曲が“シュッ”としたフォルムになりがちだった気がしたので、最後ならせっかくだからガチャガチャしたものにしたかった。
——浮雲さんはかねてから「親切な曲を書かない」を自負していましたが、これはまたそのテーマとも違った抜けの良さがありますね。
浮雲 事変ってどうしてもライヴのお客さんが「固唾を呑んで」観ている感じが強い気がして。だからもうちょっと軽いというか、「遊びに来てね」っていう感じの曲があってもいいかなと思ったんですよね。
亀田 これは既存の何かに該当する音楽が見当たらない斬新さというか。
——強いて言葉を当てるとしたらニュー・ウェイヴ的というか。
椎名 ニュー・ニュー・ウェイヴ。ニューの二乗。
——歌は椎名さんとのツインボーカルですね。
浮雲 歌詞はあれこれ悩んだんだけど、結局は一晩で書きました。僕も最初はみんなと同じで「歌わないぞ!」って言ってたんですけど(笑)。
椎名 でもこれは曲自体、ツインボーカルの方が絶対にいいと思って「その分は歌ってね」ってお願いして。でもそう頼んだら浮雲はちゃんとそういう歌詞を書いてきてくれて。
伊澤 この曲もデモの時点からすごく良くて、聴いた時に全員盛り上がった。
椎名 浮雲は他のみんなと比べて曲の論理がマニッシュですよね。
亀田 しっかりと設計された音楽。だからその図面通りに楽器を弾く楽しさがある。この曲の僕とトシちゃんとのコンビネーション、すごく好きです。
刄田 僕もすごく好きです。雨迩さんのミックスもメチャメチャ良くてビックリした。
椎名 発明的なミックスだと思う。この曲はひとつの最新型の理想型になった。これまでもこのメンバーで制作するにあたっては、別に楽器を持って体裁を取っていなくても、プレイヤーですらなくても成立するチームになれたらいいなっていう理想はあったので。この曲では演奏こそしていますけれど、バンドという概念にハマらない一曲になった気がして。嬉しいです。
浮雲 たしかに、いわゆる“バンド感”を消した仕上がりにしたかったので。
——それでいて「能動的三分間」とは違ったダンサブルなビートもあって。
椎名 ものすごくフロア向きですよね。
浮雲 踊ってほしいな。クラブで流してほしい。
——とても解散とはほど遠いというか、むしろ今後の可能性にものすごく期待を抱いてしまうサウンドだと思います。
浮雲 自分自身の事変への球の投げ方として、これまでで一番気に入っています。とても好きな球を投げることが出来た。機が熟したと言われればそうだったのかもしれないけれど、もっと早くこういう東京事変がいてもよかったのかな、とも、ちょっとだけ思いました。
[ほんとのところ]
——ラスト5曲目は刄田さんの「ほんとのところ」。刄田さんがボーカルも担当しています。
刄田 これはもうねえ、録音しちゃったけどいまだに出していいものなのかどうか……。
椎名 何で? 何か悪いことしたの?(笑)
浮雲 この曲がなかったらこのアルバムだって存在しなかったかもしれないじゃん。
刄田 またそんな……。
椎名 一時は『大発見』に入れようかという声もあったのです。結局入れず仕舞いでしたが、その後、テレビ局の楽屋にいる時に全員であらためて聴いていたら、とうとうみんなのボルテージが極まっちゃって。
——これは冒頭のお話の通り、『スポーツ』の制作時には存在していたという、刄田綴色の現存する唯一のオリジナル楽曲ということですが。
刄田 はい。年に1曲ずつ曲を作って、10年後にでも10曲ぐらい揃ったら、そのなかから選んで発表出来る機会でもあればいいなとか何となく思っていたのです。そうしたらその1曲目が、しかも事変で発表されるという事態に。本当は歌も歌詞もコードも楽器もちゃんと勉強してから発表したかったと言うか……世の中にはCD出したくても出せない人だってたくさんいるのに歌まで歌っちゃって、こんな棚からぼた餅じゃ申し訳なくて……。
伊澤 トシちゃんとはスタジオ作業が終わると、よく二人で一緒に車で帰るんですけど、俺、毎回口説いていて(笑)。「お前絶対アルバム作れよ!」って。とにかく何かしら作ったほうがいいって思わせるものがある。
椎名 “棚ぼた”どころかすごい才能ですよね。ビートルズを思わせるような要素もあるけど、トシちゃんはビートルズの曲をまったく知らない。
刄田 うん、ほとんど知らないですね。
——刄田さん、この歌詞を書いた経緯は?
刄田 あ、いいですねぇ。そんな質問されるの初めて(笑)。
一同 (笑)。
刄田 これはほんとに死んだカラスとタヌキを見つけて。家の近くで。
——確認しますけど、たしかお住まいは都内でしたよね?
刄田 でもタヌキがいるんですよ、僕の家の近所には。ハクビシンもテンもいる。カラスの亡骸を見つけた時は可哀想で知り合いの畑に埋めてやろうとして。そうしたら他のカラスがわらわらと集まってきて。攻撃はしてこなかったけど、何か悲しい気持ちがあるんだろうなと思って。で、その夜に今度はタヌキが家の前で死んでいた。まだ温かかったな。
——つまりカラスとタヌキの行はドキュメンタリーなのですね。
刄田 猫が鷹に食われたのも同じです。それは山梨で泊まった温泉旅館のおじさんが話してくれたことで。つまり自分の周りで起きた死を集めた歌なんです。
——森羅万象、何でも生きていたら“ほんとのところ”は死にたくはないだろうなという、刄田さんの死生観が歌詞になったというわけですか。
刄田 そうですね。でも反面で死に対する憧れみたいなものを持っている自分も、この歌詞の中には居るような気がしますね。
[エキシビションアルバム]
——これで『color bars』全曲についてお伺いしました。ここまでの話によると、どうやら男性陣は椎名さんによって「全員歌わされる」と戦々恐々だった模様ですが、実のところ椎名さん、それって狙っていたのですか?
椎名 まったく目論んでいなかったし、そこまで意地悪な気持ちもありませんでしたよ! ただみんな本当に歌心があるから、お客さんの観点で考えればやはり「聴きたい!」という答えになりますよね。でも伊澤の曲だけは、彼の歌を聴いた時に“ざわっ”としたけど(笑)。
伊澤 怖いわ(笑)。まあいつも作品主体という考え方は、みんな共有していると思っていますが。
——結果オーライということですね。
椎名 これも音楽的というか、ライヴな成り行きですよね。
亀田 もう太鼓判の仕上がりですよ。僕の好きなフィギュアスケートに例えると“エキシビション”ですね。『大発見』までで高得点を叩き出した後に行われる、アンコールではない公開実演。しかもそれぞれの個性がモロに出ているという。
浮雲 それすごくいい譬(たと)えだなあ。開放感もあるし。
伊澤 エキシビションなのに包み隠さず全力というのもいいよね。
椎名 この譬え、インタビューの見出しにしましょうよ!
亀田 やった(笑)。
浮雲 このアルバム、いいよね。俺好きだな。
刄田 うん。すごくいい。俺の曲を除けば(笑)。
椎名 すごく好き。みんながみんな炸裂していて、「本性見たり!」って感じじゃないですか?
亀田 すごくそんな感じがする。
椎名 だって惨劇もいいとこ。大惨事でしょう。これで「J-POPです」だなんて、よくまあぬけぬけと、みたいな。私の曲はそうでもないけど、この4人が「同じグループです」って、もうそれが「ぬけぬけと」って感じじゃないですか(笑)。
浮雲 これでお客さんは「だから解散したのか」と。
刄田 よく言う「音楽性の不一致」ってやつだったのかと。
伊澤 みんな笑顔でめちゃくちゃ不謹慎な会話だな(笑)。
椎名 これまでよく同業者の方に「こんなバラバラな5人がよくひとつになっているね」とか言われて「失礼だなあ」と思っていましたけど、このアルバムで「なるほど」と、ようやく納得出来ました。
——椎名さんはこれまで「『東京事変らしさって何?』って考えた時に、それがいつも変化し続けているのが東京事変だと思う」と発言してきました。このアルバムは、その究極を最後に弾き出したような一枚だと思うし、もっと言えば“東京事変らしさ”を最後までポジティブなまま煙に巻いた感じもあって。
椎名 そう思います。
伊澤 プリプロの現場で話した時から「最後だからって最後っぽい曲を持ち寄る感じは避けようね」とも言っていたしね。
椎名 そう。だからこの仕上がり、私は満足しています。
[おわりに]
——それにしてもつくづく「まだこんな引き出しあったのか」というアルバムで。最後どころか、半年後あたりに次のアルバムがリリースされそうな勢いですが。
椎名 そうですね。だから困ったことに、こちらも辞めきれない気分になってきて。この続きが見たいですものね。
伊澤 ストックだってまだ何曲もあるし……どうしようかなあ? 辞められないかもなあ(遠い目をする)。
椎名 何? その目。それインタビューだと伝わらないから(笑)。
——だから率直に本音を言ってしまうと、『color bars』を聴けば聴くほど「もったいない」の一言に尽きる解散だと思いますけど。
椎名 光栄です。ありがとうございます。
——2月には最後のライブとなるアリーナツアーが決まっています。
椎名 まだ現段階では何も決め込んでいませんが、こうなったらもうそれこそ惨劇みたいなライブにしたほうが面白いだろうし。
伊澤 そこで自分たちがどこまで弾けられるのかを試したいねって話していて。
浮雲 ある種の異物感があるようなライブになるといいな。
亀田 それでいて痒いところに手が届くような選曲も用意したい。
——ライヴで『color bars』の楽曲を演奏する予定は?
椎名 現状では全曲やりたいと思っています。
刄田 ————!?
——約1名、わなわなしている方がいますけど。 『Discovery』ツアーとは違うセットリストに?
椎名 そうですね。『Discovery』はもうやり切ったので。
亀田 事変の集大成とは、つまりは紋切り型の集大成じゃないということなので、僕らも楽しみだし、お客さんにも期待してもらいたいですね。
椎名 東京事変はこの5人で、最後のその瞬間までを、全力で駆け抜けたいと思います。
ライナーノーツ| オフィシャルインタビュー
1月11日、東京事変は解散声明を発表。2月に行う3会場6公演のアリーナツアーを以て、その活動を終了することを宣言した。ミニアルバムながらも最後のオリジナル作品となる本作の予兆はDiscoveryツアーに足を運んだ人であれば、憶えがあるだろう。
ライブ本編、その中盤と後半の分岐を担うポイントでスクリーンに映し出されるハイパーなCG映像は児玉裕一監督の手によるものだ。それはザッピングの砂嵐で始まり、数々のモチーフを展開した後、複数の原色の帯が「PLEASE STAND BY」の文字とともに踊る。そして最後にはカラーバーとなって観客の視点をスクリーンからステージセットへと導いた瞬間、「歌舞伎」の暴力的なイントロとともに東京事変の5人が威風堂々と姿を現すのだ。
この 『color bars』 (※読み:カラーバー) は、メンバー全員が作詞/作曲を手掛け1人1曲ずつ収録した、全5曲のミニアルバムだ。このコンセプトは制作現場での突発的な盛り上がりから決まったという。
「当初は2曲入りのシングルを予定していたのですが、刄田のデモが『スポーツ』の制作時から存在していたので、『せっかくだからこの曲も事変でお披露目したいよね』という会話からアイデアが拡がりました」(椎名)
かくして男性メンバー各々が持ち寄った「一番収録したい1曲」と、その4曲を受けて椎名が書き下ろした1曲で 『color bars』 が完成した。椎名林檎の楽曲は「今夜はから騒ぎ」。Discoveryツアー終盤戦のアンコールにおいて早くも演奏されたこのナンバー、思わずカラオケで歌いたくなる歌謡性と中毒性の高いメロディに“東京”を舞台とした歌詞の世界観から、椎名ソロ名義の「歌舞伎町の女王」や「丸の内サディスティック」などのナンバーを想起するリスナーも少なくないだろう。
「男性メンバーのあまりに絶対的で揺るぎない4曲を、どう殺さずに活かすか。そんな曲をどう書けばいいのか、かなり悩みました(笑)。東京という、寄る辺ない街を漂って、酩酊して、覚醒していくイメージで書きました」(椎名)
伊澤一葉の楽曲は「怪ホラーダスト」。エッジなアレンジをバックに、伊澤の邦楽体験の一端である’80年代ビートロックを彷彿とさせる、伊澤本人によるグラマラスで挑発的なボーカルも興味深い一曲に。
「椎名さんのディレクション通りに仮歌を録っていたら彼女がウケちゃって、結局『この曲、私のボーカルいらないよね?』って言われて『えーっ!?』って」(伊澤)
亀田誠治の楽曲は「タイムカプセル」。これまで「閃光少女」や「21世紀宇宙の子」の作曲において“いまを精一杯生き抜く”というテーマをメロディに変換してきた亀田が、今回初めて作詞も含めた形でそれを実現させた。
「去年父親を亡くした際に、その悲しみと共に、自分が継いだ命を子供たちはどう繋いで行くのか、そして『今の自
分は人生のどんな場所にいるのか?』という問いに直面したので、それを確認するために書いてみました」(亀田)
浮雲の楽曲は「sa_i_ta」。彼のマニッシュなソングライティングのセンスが、これまでになく華やかな色彩を帯びて開花した、“事変meetsニュー・ウェイヴ”といった新境地を感じさせるダンサブルなナンバーだ。
「これまでの俺の曲はシュッとしたフォルムになりがちだったので、今回はガチャガチャしたものを投げてみた。踊ってほしいな。クラブで流してほしいです」(浮雲)
刄田綴色の楽曲は「ほんとのところ」。刄田自身がボーカルを取り、眼に映る“死”をただただ絶唱するこの曲は、前述の通り、『スポーツ』制作時には存在していた、現存する唯一の刄田のオリジナルである。
「年に1曲ずつ作って、10年後に10曲ぐらい揃ったら発表出来る機会でもあればいいなと思っていたのに、まさか最初の曲が、しかも事変で発表されるなんて思わなかった」(刄田)
筆者はこれまでも度々書いてきたが、東京事変とは極めて稀有な集団だった。椎名という驚異的な才能を持ったアイコンを中心に、世代も個性も異なる4人がそれぞれの人格を持ち込みながらも奇跡の如く成立しているという、理想的なシンフォニー(交響曲)のようで、その実、非常に危ういポリフォニー(複音楽)のような音楽家集団だったのだ。今回の 『color bars』 は、まさにそんな集団を形成する5人の資質、その本性が剥き出しとなった作品であり、常に変幻自在だった“事変らしさ”を考察する向きを、最後の最後までポジティブなまま煙に巻いたのだとも言える。 「みんなで「最後だからって最後っぽい曲を持ち寄る感じは避けようね」って話もしていたので」(伊澤)
「僕の好きなフィギュアスケートに例えるとこのアルバムは事変の“エキシビション(特別実演)”ですね」(亀田)
「よく同業者の方に「こんなバラバラな5人がよくひとつになっているね」と言われて「失礼だなあ」と思っていましたけど、この作品でようやく「なるほど」と納得出来ました」(椎名)
東京事変という集団のなかで遺憾なく放たれた五色の光彩。その眩さと愉しさを十二分に体感出来る一枚が、この『color bars』だ。『教育』、『大人』、『娯楽』、『スポーツ』、『大発見』とチャンネルをテーマに五枚の傑作アルバムを産み出してきた事変が、本作でそのプログラムの“放送終了(=color bars)”を迎える。
このあまりに奔放で、個性と可能性に富み、湿っぽさもほぼ皆無といった本作のトーンは、椎名が、ひいては事変という集団が抱いてきた“美学”そのものだ。無論、レビュアーという立場を忘れて本音を言ってしまえば、あまりに惜しく、残念であるという言葉しか見つからない。
だがそれでもリスナーには、その道程を全速力で駆け抜けることで彼らが起こし続けた“事変”の余韻を、この『color bars』によって堪能する行為を今は推したい。何故なら呆れるほどに自由度の高い音楽が誘うものは、きっと涙ではないはずだから。
最後まで粋で天晴れな音楽家集団であった東京事変に、今はただただ心から、感謝と拍手を送りたい。
(内田正樹)
解散についての5人の声明文はこちら
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