椎名林檎「轟音上映会 And The Beat GOes ON ~ The Sexual Healing ~」オフィシャル・レポート
12月7日(土)、東京港区のユナイテッド・シネマお台場にて、椎名林檎「轟音上映会And The Beat GOes ON 〜 The Sexual Healing 〜」が行われた。
椎名は12月11日(水)、2011年以降のミュージックビデオ集「性的ヒーリング 〜其ノ五〜七〜」、及び、デビューから全てのミュージックビデオと多数のボーナス映像を収録した「The Sexual Healing Total Orgasm Experience」を同時リリースする。
本イベントは、椎名の多くのミュージックビデオ(以下MV)を手掛ける映像ディレクター児玉裕一と椎名からの発案により開催された。かねてより児玉は「MVはモニターを使用した音楽の体験装置である」と提唱してきた。今回はその効果を最大限に発揮できる環境として劇場のスクリーンを用い、轟音で、これまでの作品を「体感」してもらえたら、スマホやPCで鑑賞するのとは全く違う作品として捉えてもらえるはず、という趣旨による企画。上映後には二人が観客を前にトークセッションを行うという初の試みだ。
定刻を迎えると、シックな黒のタキシード姿の児玉が登場。椎名と宇多田ヒカルのデュエット曲「二時間だけのバカンス」(※1)になぞらえた「二時間だけの(劇場)支配人」という自己紹介を交えて、抽選を経てチケットを購入/来場した300人の観客に向けて挨拶。「僕も皆さんと共に楽しみます」と、児玉が客席中段の座席に座ると上映会がスタートした。
本編前には映画上映さながら、かつて椎名が「出演」した3本のCM(※2)が流された。これは彼女がキャリアの初期に、“いつか来るべきタイアップへの習作”という趣旨のもと、依頼も受けていない状態で、勝手に実在のブランド/製品を対象に制作したという、今となっては微笑ましい作品だ。さらに、2009年リリースの「性的ヒーリング 〜其ノ四〜」、そして去る11月にリリースされたばかりの「ニュートンの林檎 〜初めてのベスト盤〜」のトレーラーが上映され、いよいよ本編へ。
児玉が初めて手掛けた椎名のMVである「メロウ」、2018年のアリーナツアー(※3)本編で使われた「APPLE」、最新曲の「公然の秘密」(※4)、「浪漫と算盤」(※5)など、6つのチャプター(章立て)で区切られた全15作が、まさにイベントのタイトルに違わぬ大迫力の“轟音”と共に、全作フル尺で上映されていく。
アイデアに富んだ演出。躍動するキャスト。息を呑む映像美。映画のようなエンドロールまで細密にディレクションされた全15作は、いずれも劇場の大スクリーンがよく似合う。
この日のために児玉が新たに制作したエンディング映像によって約70分の上映が終了すると、観客から拍手が巻き起こった。
児玉は客席から感謝を伝え、自ら観客にマイクを向けて感想を聞きながらステージへと歩を進め登壇。児玉に呼び込まれ、映像集の商品パッケージを想起させるチョコレートカラーのエレガントな衣装で椎名が登場すると、観客からさらに大きな拍手が巻き起こった。
椎名は「お目にかかれて光栄です」と観客に挨拶。テーブルを挟んでスツールに座って向かい合うと、二人のトークがスタート。二人は来場者全員に配布したMVのコンテを掲載したスペシャルブック「HOW TO MAKE A MUSIC VIDEO」を手に、MVの企画から撮影までのプロセスを辿っていく。
「アルバムからどの楽曲でMVを撮るかは、ほぼ(児玉)監督が決めて」(椎名)
「僕が3案ぐらいアイデアを提示すると……」(児玉)
「「その3案全てが必要」と答え、スタッフの皆さんを巻き込みながら我々も自ら重荷を背負う(笑)」(椎名)
「長く短い祭」のエピソードでは、椎名が楽曲に込めた“女性だからこその機微”を十分に汲み取れなかった児玉が、「全女性から怒られる代表の男性みたいな時間があった」と告白。それに椎名が「ここで描かれている主人公の人生、つまりは実生活が間違って伝わることが許せなくて。撮影時には自宅から衣裳や美術まで持ち込んでしまった」と応戦すると、児玉は思わず「毎回、すごいプレッシャーの中で作っているんですよ」と観客に吐露して、会場が大きな笑いに包まれた。
壮大なスケールで描かれた「鶏と蛇と豚」の制作時には、あまりのコンテの難易度から、参加したクリエイターたちが「空を見上げる時間があった」(椎名)という。
「MV制作は夢がなければ、さらにメッセージが確かに正しく伝わらなければ意味がない」(椎名)
「二人の共通点は、狙い撃ちで素材を用意し、無駄なく使い、決め打ちで創作するところ」(児玉)
この他にも、制作における“伏線”の仕掛け方や、サウンドと身体表現(演技、ダンス)の関係性など、音楽家と映像作家という互いのスタンスから、次々と興味深い話題が軽妙なやり取りで語られていった。
「辻褄が自然と合っていくプロジェクトは上手くいく」(児玉)
「そのためには、我々作り手が如何に普通に暮らしているかが重要。この令和を直向きに生きていくことで、お客様皆様とお揃いの実感が増え、もっと辻褄が合っていくのでは?と夢を見ます」(椎名)
そして「ミュージックビデオは自由な表現媒体。もっと盛り上げていきたい。スマホだけでなく、ヘッドホンを装着してご自宅の大きなテレビで轟音上映会をしてみていただきたい。また開催できれば」と児玉が呼びかけると、会場からはまたも大きな拍手が。
終盤には、配布されたブックに仕掛けてあった「当たり」を引いた観客に、児玉のクリエイティブオフィス「vivision」特製グッズの詰め合わせがプレゼントされるという粋なサプライズも飛び出した。
「2020年こそ、皆様にとって何かいいことがありますように」。そう椎名が締めて退場する間際、児玉が「最後はコール&レスポンスで」と仕掛けると、椎名が「うちのお客さん、そういうのお好きじゃないから!」と慌てて静止する一幕も。
最後までユーモアに溢れた二人の掛け合いによって、会場がさらなる笑いと拍手に包まれると、約二時間の上映会は幕を閉じた。
楽曲に確固としたテーマを込める音楽家と最適解の映像化を試みる監督。今後も両者は新たな音楽とMVで我々の感性を刺激してくれるだろう。まさに“And The Beat GOes ON”。早くも次回の開催が待ち遠しい。
(内田正樹)
(※1)……同曲の正式アーティスト表記は、「宇多田ヒカルfeaturing椎名林檎」。
(※2)……今回リリースの「The Sexual Healing Total Orgasm Experience」にも収録。
(※3)……正式ツアータイトルは、「(生)林檎博’18不惑の余裕」。
(※4)……同曲のみ監督はウスイヒロシ。その他の上映作の監督は全て児玉裕一。
(※5)……同曲の正式アーティスト表記は、「椎名林檎と宇多田ヒカル」。